今立ち止まって考えて☆息子からのメッセージ

私は28歳の秋

お母さんになりました。

待ち望んだ第1子は男の子。

初めての孫ということもあり、どちらの実家に行っても

みんなに可愛がられ、どこにいても、大人の手が足りて、

いつも誰かが何かをしてくれる。

6歳で妹が生まれるまでは

息子は長い一人っ子時代を過ごすことになりました。

私の母は、なんでもチャキチャキと自分でやってしまう人で

何かにつけ、手を出したり、口を出したり、、私自身 そんな環境で育ったので

それをなんとも思わずに

というよりむしろ、お母さんは、あれこれ世話をやくもの

として

手や口を出すことをいいことだ、と思い込んでいました。

私は可愛い息子を

将来 幸せに 不自由なく 過ごして行って欲しいなあ。

と漠然と当時 思っていました。

そのためにはなんでもしてあげよう

そう思っていました。

誕生日にはおじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさんなどから

大好きなトーマスのプラレールを買ってもらい

年々増え続けるプラレールは

家には余り

同じものを実家にも置いておけるほどになっていました。

3歳くらいになると息子は

ちょっと変わったものに興味を示すようになりました。

それは「お水の流れ 」

なんて言うと聞こえはよいですが

一番好きだったのはトイレのお水を流すこと。

どこのおうちに遊びに行っても、

どこに旅行に行っても、宿泊施設に到着すると

真っ先におトイレに行って、流れていくお水を見るのが好きでした。

渦の巻き方が、おトイレによって違っているそうで。

そんなことを教えてくれました。

また、お散歩に連れて行っても

虫や、動物や公園の遊具ではなく、やはり、側溝をチョロチョロ流れるお水に興味があり

ずっと見ていても飽きない子でした。

当時の私は、

こんなものに興味を持つなんて、、

変わってるなあ

なんでもっとこどもらしいことに興味をもたないのだろう

恥ずかしいなあ

と思うことさえありました。

幼稚園に通うようになると、給食に使うエプロンやコップ、ハンカチなど

日々の支度も、さっさと私がやっていました。

3歳の小さくて可愛い息子にはさせられない。

時間もかかっちゃうし。

そんなふうに思っていました。

小学校に上がると、毎日の洋服のコーディネートは私がしました。

名札も付けてあげていたので、名札を忘れることもありませんでした。

まだ7歳。

忘れものしたら困るし。時間割もあわせてあげよう。

娘が生まれて少し忙しくはなりましたが

歯科医院のお仕事は、在宅での帳簿入力しかなかったため

まだまだ息子にかかりっきりになることができました。

2年生になると

当時流行っていたゲーム機を欲しがりました。

お友達が持っているから、無いと一緒に遊べないから

とのお願いに

使い方のルールもきちんと決めずに買い与えました。

ゲームを始めて30分くらい経つと、そろそろゲームやめようか、と声ははかけるものの

もうちょっともうちょっと、と、ずるずる伸びることもしょっちゅうでした。

小学校高学年になると

お友達と野球を始めたい、と、地域の野球クラブに入りました。

毎週日曜日 午後からの練習をとても楽しみにしていました。

帰ってくると

泥だらけのユニフォームは

なんの疑問も持たず、私がゴシゴシ 洗っていました。

まだ小学生のこどもに

綺麗に洗って、と言ったってきっと無理。

そう思っていました。

5年生になると、少しずつ勉強のことも気になり始め、また、どんな環境にもすぐに順応するタイプではないように見えていたわたしたち夫婦は

いろいろなタイプの子どもたちのいる地元の中学校より

私立の中高一貫校に行くのがよいのではないか。

と考え始めていました。

体験入学を経て、その当時まだ中学受験をする子は学年でほんの数人でしたが

息子は、晴れて中高一貫校に入学しました。

学校の先生方は熱心にご指導くださり

一年時は

そこそこの成績をとり

野球部にも所属し

充実した学校生活を送っているように見えていました。

このまましっかりレールに乗って中学から 高校へと進み それなりの大学に進学し、、、

もう安泰だ。

子育てってこんなもん。

割と楽なものだ。

そんなふうに思っていました。

息子が中学2年生になるまでは。

 
2年生になると、反抗期に突入し

困ったことが少しずつ起き始めていました。

宿題をしてこないんですよ

面談時 学校の先生から言われることもありました。

私は、息子に、なんで宿題をしなくちゃいけないのか

なんで勉強しなくちゃいけないのか

通りいっぺんなことを

くどくど話して聞かせ

話したんだから伝わった、そう思っていました。

 
ゲームは中学生になっても大好きで、時間の管理ができないのは相変わらずでした。

 
成績も少しずつ下降していきましたが

穏やかグループに所属し、仲良しのお友達もいて、なんとなく

中2病だから仕方ない

くらいに思っていたもうじき中3になる、3月のこと。

お友達とトラブルを起こし、突然学校に行かなくなってしまいました。

この日は、忘れもしない

東日本大震災の起きた日。

地震の恐怖よりも、

このまま息子が学校に行けなったらどうしよう、、、。

そちらのほうが、恐怖に感じていました。

間も無く春休みに入る時期ということもあり

2〜3日お休みした後

息子は

受験して入学した中学をやめ、

地元の中学校に戻ると決めました。

教育委員会へ行き、移動の届けを出したり

中高一貫でのカリキュラムで学んでいたので、

公立中 の3年生になるのに、不足している部分を取り戻すために

塾の春期講習に急遽申し込みをしたり

めまぐるしい環境の変化とともに

なんでこんなことになったんだろう

何がいけなかったんだろう

このままレールに乗って安泰に、、。

のはずだったのに。。

ほんとにこの子は。

なんでこんな子になってしまったんだろう。

そんなことばかり考えて過ごすうち

本棚に

育児書だけを数冊集めたコーナーが目に留まりました。

まだ息子が小さかった頃、

本屋さんで目にすると、役に立ちそうだから

と購入して 、ちらちらっと読んだけれど、、。

目で字は追ったけれど頭に入っていない

そんな本たちでした。

一冊を手に取り、頭をハンマーでなぐられたくらいの衝撃を受けました。

3歳の子ができる身の回りの支度や、家事のお手伝いがたくさん挙げられていたのです。

中学生の息子に これらのいくつができるだろう、、、。

 
読み進めるうち

書かれていること全て、今までの自分に思いあたり

無我夢中で泣きながら数冊の育児書を読みあさりました。

親として、やるべきことを、やらずに過ごして来たこと

待つことをせず

なんでも先回りし、手を出し口を出し

息子自身の考える機会を奪っていたこと

全て私の問題であったことに気づきました。

 
このまま過ごして行ってはいけないよ。

今、立ち止まって考えないと大変なことになるよ、と

息子が教えてくれたのだと思います。

息子の育児に役立てよう

そう思って買ってあった、ものすごくためになる本を

なぜ あの時 ゆっくり、しっかり読まないで過ごしてしまったのだろう、と

後悔してもしきれませんでした。